2013年7月26日金曜日

1.6. 創造性の発揮を阻害する負の要因 - 1.6.3 FUDによる心の支配

1.6.3 FUDによる心の支配

 


我々は、幸福になるためによりも、幸福だと人に思わせるために四苦八苦しているのである。― ラロシュフーコー
 
 
FUDとは、不安(Fear)、不確実(Uncertainty)、不信(Doubt)の頭文字を取ったものである。FUDは人から弱さを引き出す最も有効な方法論で、心に深く傷のように作用する。不安や不確実や不信の種をまくことにより正しいことをする事に恐怖を植え付け思いとどまらせる。それどころかまったく反対の行動を取らせる手法でもある。現在では人を先導する為に多くの企業が用い、個人的な人間関係にも、そして親子関係ですら使用されている。
 
 
人が本来の創造性を発揮する最大の動機はアガペーで有るべきであり、アガペーを動機としない限りは、良いものは生まれない事を今まで見てきた。しかし、私たちは意識し、認識し、目覚めていないと、心はいつの間にかFUDに支配される社会組織構造(哲学的な言葉で、この様な支配的な傾向または影響力またはカラクリを霊と言う)の上に生活しているのである。
 
 
 
例えば、FUDは競合相手が自分達のものより優れていて、しかも価格も安い、つまりは自分達の製品では太刀打ちできない製品が発売されるときに利用されるマーケティングのテクニックである。具体的な事実でもって応酬できない場合に、不安による扇動が「ゴシップ筋」を通して、競合相手の売り込みに対し疑惑の影を投げかけ、競合相手の製品を使うのを思いとどまらせるのに利用される手法のことを言う。こうした手法は実際にIBM社がIBM PC の発売によりデスクトップ市場に参入した際、またマイクロソフト社MS Windows 3.1 MS-DOS併せて売るように仕向け市場の独占を画策した際に用いられ奏功した。また今日テレビや新聞のCMなどにも、広くこの手法が用いられていることに気づく。
FUDという手法には、本来であれば太刀打ちできない強大で確固としたものでさえいとも簡単に打ち崩し、その上相手を意のままにコントロールする力があるという訳である。
 
私たち自身の実生活について考えてみる時に、実は私たちもこのFUDに支配されて行動している傾向が見られる。親の例を挙げるとするならば、世間から自分の子が否定されることや、自分自身の親としての働きを否定されることへの恐怖に動かされて、世間から受け入れられるであろう行動(相手に合わせたり、ひたすら下手に出たり、何でも謝ったり)へと自分や子どもを強いることがある。また将来に対する不信感が募るあまり、本来自分自身がしたいことやすべきことを認識することができなることもある。

 

 

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